対象疾患 | 治療ライン | 研究の相 | 主要評価項目 | 実施地域 | 日本の参加 |
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切除不能局所進行・転移再発HER2 陰性BRCA遺伝子変異陽性乳癌患者 |
第3相 | 無増悪生存期間 | 国際 | あり/なし |
試験名 :OlympiAD vs 主治医選択(カペシタビン、エリブリン、ビノレルビン)
レジメン:オラパリブ
登録期間:2014年4月7日〜2015年11月27日
背景
BRCA1/2は、DNAの二本鎖切断の相同組換え修復を担っている。
PARP(ポリ-ADP-リボースポリラーゼ)はDNA一本鎖切断の修復に関連しており、BRCA1/2遺伝子変異を持つ患者においてPARPの作用が阻害されるとDNAの損傷が修復されず細胞死を起こす(合成致死)。
PARP阻害薬は生殖細胞系列BRCA1/2遺伝子変異を持つ転移性卵巣癌における有効性が示されており、本試験では生殖細胞系列BRCA1/2遺伝子変異を持つ乳癌患者におけるPARP阻害薬の有効性を評価する目的で行われた。
シェーマ
主な適格条件
- 18歳以上
- ホルモン受容体陽性HER2陰性、もしくはホルモン受容体陰性HER2陰性(トリプルネガティブ乳癌)
- 局所進行切除不能もしくは遠隔転移再発乳癌
- 生殖細胞のBRCA1/2遺伝子変異陽性
- 周術期もしくは進行再発・転移乳癌に対しアンスラサイクリン系抗がん剤の使用歴がある
- 進行再発乳癌に対し2レジメン以上の化学療法歴がない
- ホルモン受容体陽性乳癌では1レジメン以上の内分泌療法が行われ病態進行を認めた
- 周術期のプラチナ製剤使用性がある場合、最終投与から12ヶ月以上経過している
- 進行再発乳癌に対するプラチナ製剤使用歴がある場合、薬剤投与中の病態進行がない
主要評価項目:無増悪生存期間:Progression-free durvival(PFS) 独立判定
副次評価項目:
- 安全性(Safety)
- 全生存期間(Overall survival)
- 治療変更後のイベント(病態進行・死亡):第2イベントまでの期間(time from randomization to a second progression event or death after a first progression event)
- 奏効率(objective response rate)
- QOLの評価(score for health-related quality of life)[QLQ C-30 スコア変化および10ポイント低下までの期間]
試験結果:
2014年4月-2015年11月までに、302例がランダム化され、205例がオラパリブ群、97例が標準治療群へ割り付けられた。データカットオフは、2016年12月9日(オラパリブ群のイベント数77.5%時点)とし、観察期間中央値は、オラパリブ群14.5ヶ月、標準療法群14.1ヶ月であった。
- 主要評価項目:
主要評価項目であるPFS中央値は、オラパリブ群で7.0ヶ月、標準治療群で4.2ヶ月と、オラパリブ群で統計学的に有意な延長を示した(HR=0.58; 95% CI0.43-0.80; p<0.001) 尚、12ヶ月時点でオラパリブ群の25.9%、標準治療群の15.0%が病勢進行を認めず治療継続していた。
PFSのサブグループ解析において、トリプルネガティブ乳癌はハザード比0.43; 95%信頼区間0.29-0.63)、ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌はハザード比0.82; 95%信頼区間0.55-1.26であり、特にトリプルネガティブ乳癌での有効性が期待される。 - 副次評価項目:
治療変更後のイベント(病態進行・死亡)までの期間については、302人中157人(52.0%)で治療変更後のイベントを認め、ランダム化から第2イベントまでの中央値はオラパリブ群で13.2ヶ月、標準治療群で9.3ヶ月、ハザード比0.57; 95%信頼区間04.0-0.83; p=0.003であった。
全生存率について
解析時点での死亡はオラパリブ群で94例(45.9%)、標準治療群で46例(47.4%)認め、生存期間中央値はオラパリブ群で19.3ヶ月、標準治療群で19.6ヶ月であり、全生存率のハザード比は0.90; 95%信頼区間0.63-1.29; p=0.57と有意差は認めなかった。
2019年にOSの最終結果報告が行われた(Annals of Oncology 30: 558–566, 2019)。
最終報告での生存期間中央値はオラパリブ群で19.3ヶ月、標準治療群で17.1ヶ月、ハザード比0.90; 95%信頼区間0.66-1.23; p=0.513と有意差は認めなかった。
転移再発乳癌に対するオラパリブ投与前の化学療法歴の有無と全生存率の関連性を評価したOSサブグループ解析について、本試験開始前の化学療法歴がある群では全生存期間に有意差は認めなかったが(生存期間中央値はオラパリブ群18.8ヶ月、標準治療群17.2ヶ月、ハザード比1.13; 95%信頼区間0.79-1.64)、化学療法歴がない群ではオラパリブ群で有意に良好であった(生存期間中央値はオラパリブ群22.6ヶ月、標準治療群14.7ヶ月、ハザード比0.51; 95%信頼区間0.29-0.90; p=0.02))。QLQ-C30によるQOL評価が行われており、ベースラインのスコアはオラパリブ群では63.2±21.0、標準治療群では63.3±21.2であった。
スコア変動はオラパリブ群では3.9±1.2、標準治療群-3.6±2.2で推定差7.5(95%信頼区間2.5-12.4; p=0.004)とQOLはオラパリブ群の方が有意に良好であった。
QLQ-C30が10点以上低下するまでの期間については、オラパリブ群未到達、標準治療群15.3ヶ月(ハザード比0.44; 95%信頼区間0.25-0.77; p=0.004)であり、オラパリブ群で有意に延長した。
安全性について
15%以上認められた有害事象は、オラパリブ群で貧血、嘔気、嘔吐、倦怠感、頭痛、咳であり、標準治療群で好中球減少、掌蹠膿疱症、肝酵素上昇であった。
オラパリブ群で認めた有害事象の多くはグレード1もしくは2で、グレード3以上の頻度はオラパリブ群36.6%、標準治療群50.5%であった。
グレード4とグレード5はそれぞれ、オラパリブ群で3.4%と0%に対し、標準治療群で12.1%と1.1%であった。
減量はオラパリブ群の13.7%、標準治療群の7.7%で行われ、最も多い原因はオラパリブ群で貧血、標準治療群で掌蹠膿疱症であったが、貧血による投薬中止はオラパリブ群2.0%、標準治療群2.2%と大きな差は認めなかった。
有害事象による一時休薬及び治療中断はそれぞれオラパリブ群で35.1%と4.9%、標準治療群で27.5%と7.7%であった。
有害事象による死亡はオラパリブ群で1例(敗血症性ショック)、標準治療群で1例(呼吸不全)認めた。骨髄異形成症候群や急性白血病は認めなかった。
その効果は、無増悪生存期間及び死亡の相対リスクは42%低下し、無増悪生存期間は2.8ヶ月延長した。奏効率も高く、標準治療28.8%と比較して59.9%と良好であった。
本結果から、ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌においては化学療法移行前に、トリプルネガティブ乳癌では数少ない選択肢の1つとして重要な薬剤と思われる。
オラパリブによる生存期間の改善は認めなかったが、転移乳がんに対するオラパリブ投与前の化学療法歴がないグループではオラパリブにより全生存期間が改善する可能性が示唆された。
あくまでもサブグループ解析の結果であることに留意は必要だが、化学療法前に考慮オラパリブの投与を考慮することは重要であると考える。
オラパリブを使用するには生殖細胞系列BRCA1/2遺伝子変異があること前提であり、適切なタイミングでBRCA遺伝学的検査を実施することが必要である。
コンパニオン診断としての検査ではあるものの、同時に遺伝性乳がん卵巣がん症候群と診断されるため、本人・親族の対応のために遺伝診療体制の構築や医療従事者の教育が必須である。
監修:国立国際医療研究センター病院 乳腺・腫瘍内科 下村 昭彦 先生