対象疾患 | 規定術式 | 研究の相 | 主要評価項目 | 実施地域 | 日本の参加 |
---|---|---|---|---|---|
直腸癌 (T1-T3、N0-N2、M0-M1、 肛門より15cm以内) |
低位前方切除術 または 腹会陰式直腸切断術 |
第3相 | 適切な外科切除率 (直腸間膜全切除かつ 環状切除断端1mm以上かつ 遠位切除断端1mm以上) |
オーストラリアと ニュージーランド |
なし |
試験名 :ALaCaRT
比較項目:開腹直腸切除 vs 腹腔鏡下直腸切除
登録期間:2010年3月〜2014年11月
背景
外科的切除は直腸癌の主要な治療法であり、直腸間膜全切除(TME)の確立により、過去40年間に手術成績が大幅に改善された。リンパ節と腫瘍を含む直腸間膜全切除の質、環状切除断端(CRM)及び遠位切除断端は局所再発と長期生存に関連している。
1990年代より腹腔鏡技術の進歩により大腸疾患に対する腹腔鏡手術が普及した。しかし当初は腹腔鏡手術と開腹手術の治療成績の同等性は不明であった。その後、おもに結腸癌で行われた大規模な多施設共同試験では、無再発生存や入院期間の面で腹腔鏡手術の利点が確認された。また、結腸直腸癌の開腹手術と腹腔鏡補助下手術のランダム化比較試験(CLASICC)では、サブセットの直腸癌の腹腔鏡手術は開腹移行率が34%と高く、CRM陽性率も高かった。しかし3年間の全生存期間、無病生存期間及び局所再発率は、両群で同等であった。骨盤手術の複雑性と局所腫瘍制御の重要性から、直腸癌の腹腔鏡手術を開腹手術と比較し、適切な外科切除ができるかを評価する大規模無作為化試験が不可欠である。
本試験の目的は、腫瘍学的観点での適切な外科切除ができることをエンドポイントとし、腹腔鏡下直腸切除の非劣性を開腹手術と比較検証することであった。
1990年代より腹腔鏡技術の進歩により大腸疾患に対する腹腔鏡手術が普及した。しかし当初は腹腔鏡手術と開腹手術の治療成績の同等性は不明であった。その後、おもに結腸癌で行われた大規模な多施設共同試験では、無再発生存や入院期間の面で腹腔鏡手術の利点が確認された。また、結腸直腸癌の開腹手術と腹腔鏡補助下手術のランダム化比較試験(CLASICC)では、サブセットの直腸癌の腹腔鏡手術は開腹移行率が34%と高く、CRM陽性率も高かった。しかし3年間の全生存期間、無病生存期間及び局所再発率は、両群で同等であった。骨盤手術の複雑性と局所腫瘍制御の重要性から、直腸癌の腹腔鏡手術を開腹手術と比較し、適切な外科切除ができるかを評価する大規模無作為化試験が不可欠である。
本試験の目的は、腫瘍学的観点での適切な外科切除ができることをエンドポイントとし、腹腔鏡下直腸切除の非劣性を開腹手術と比較検証することであった。
シェーマ
統計学的事項
本試験は開腹手術群の適切な外科切除成功率を約90%と仮定し、開腹手術と比較し、腹腔鏡手術の非劣性マージンがΔ= -8%より大きいことを検証する非劣性試験として設計された。80%の検出力でサンプルサイズ470例の登録は開腹手術よりも腹腔鏡手術の非劣性を証明するのに十分であると計算された。適切な外科切除成功率の差の片側95%信頼区間の下限が-8%より大きい場合には、腹腔鏡手術は開腹手術に対して非劣性であると証明できる。
試験結果:
- 2010年3月から2014年11月までの間に、オーストラリアとニュージーランドの合計26名の術者、24施設より475例が登録され、開腹直腸切除群に237例、腹腔鏡下直腸切除群に238例が無作為割り付けされた。
- 無作為割付け後、2例が不適合であることが判明した(肛門より15cm以上(1例)、プロトコール以外の術式(1例))。一次解析は不適合症例を除外して実施された。
1. 患者背景
- 登録患者は層別化因子(年齢、性別、BMI、PS、術前放射線療法、腫瘍の位置、病期分類T、N、M)にてバランスよく、2群に割付けされた。
2. 適切な外科切除率(主要評価項目)
- 腹腔鏡手術群で194人の患者(82%)と開腹手術群で208人の患者(89%)に適切な外科切除が行われた(リスク差:-7.0%[95%CI、-12.4%〜∞]; 非劣性P値 = 0.38)。
- 環状切除断端1mm以上は、腹腔鏡手術群の患者222人(93%)及び開腹手術群の患者228人(97%)であった(リスク差:-3.7%[95%CI、-7.6%〜0.1%] ; 非劣性P値 = 0.06)。
- 遠位切除断端1mm以上は、腹腔鏡手術群の患者236人(99%)及び開腹手術群の患者234人(99%)であった(リスク差:-0.4%[95%CI、- 1.8%〜1.0%]; 非劣性P値 = 0.67)。
- 直腸間膜全切除が完了した症例は、腹腔鏡手術群の患者206人(87%)と開腹手術群の患者216人(92%)であった(リスク差:-5.4%[95%CI、-10.9%から0.2%]; 非劣性P値 = 0.06)。 腹腔鏡から開腹手術への移行率は9%であった。
病理評価
腹腔鏡下直腸切除 数(%) |
開腹直腸切除 数(%) |
リスク差 %(95% CI) |
P値 | |
---|---|---|---|---|
適切な外科切除 | 194(82) | 208(89) | -7.0(-12.4〜∞) | 0.38 |
適切な外科切除の評価項目 | ||||
環状切除断端1mm以上 | 222(93) | 228(97) | -3.7(-7.6〜0.1) | 0.06 |
遠位切除断端1mm以上 | 236(99) | 234(99) | -0.4(-1.8〜1.0) | 0.67 |
TME 完成 ほぼ完成 未完成 |
206(87) 24(10) 8(3) |
216(92) 17(7) 2(1) |
-5.4(-10.9〜0.2) 2.8(-2.2〜7.9) 2.5(-0.06〜5.1) |
0.06 |
- 主要評価項目の適切な外科切除において、リスク差の95%信頼区間の下限が-12.4%であり、-8%より小さいため、腹腔鏡下直腸切除の非劣性が証明されなかった。
3. 適切な外科切除率に関するサブグループ解析
腹腔鏡下直腸切除 数(%) |
開腹直腸切除 数(%) |
リスク差 %(95% CI) |
P値 | |
---|---|---|---|---|
術前化学療法
ありなし |
105(88) 89(75) |
105(88) 103(89) |
0(-9.0〜9.0) -14.0(-24.5〜-3.5) |
0.07 |
BMI
<30≧30 |
149(82) 45(80) |
157(87) 51(94) |
-0.49(-12.9〜3.1) -14.1(-28.0〜-0.2) |
0.16 |
予定術式
低位前方切除術腹会陰式切断術 |
183(83) 11(61) |
194(89) 14(82) |
-5.8(-12.7〜1.1) -21.2(-55.9〜13.4) |
0.48 |
腫瘍位置
高中 低 |
48(91) 85(83) 61(74) |
49(98) 90(88) 69(83) |
-7.4(-18.2〜3.3) -5.7(-16.3〜-4.9) -8.7(-22.4〜4.9) |
0.35 |
リンパ節転移
N0N1 N2 |
87(81) 81(88) 24(65) |
108(86) 75(94) 25(83) |
-5.1(-15.5〜5.3) -5.7(-15.4〜4.0) -18.5(-41.8〜4.9) |
0.38 |
T病期
T1またはT2T3 |
74(86) 119(79) |
68(86) 139(90) |
0(-11.8〜11.8) -10.9(-19.6〜-2.1) |
0.13 |
腫瘍サイズ
≧0〜3.03.1〜4.9 ≧5.0 |
67(85) 53(79) 67(83) |
57(87) 68(88) 72(92) |
-1.6(-14.4〜11.3) -9.2(-22.7〜4.3) -9.6(-21.0〜1.8) |
0.29 |
全患者 | 194(82) | 208(89) | -7.0(-12.4〜∞) |
- 適切な外科切除率に関して、術前化学療法・BMI・予定術式・腫瘍位置・リンパ節転移・T病期・腫瘍サイズを用いたサブグループ解析が実施されたが、これらの因子と適切な外科切除率との間に有意な交互作用は認めなかった。
(腫瘍位置高:肛門から10cm~15cm、中:肛門から5cm〜10cm、低:肛門から5cm以内)
4. 周術期成績(術後30日以内)
手術評価
腹腔鏡下直腸切除 (n=238) |
開腹直腸切除 (n=235) |
リスク差 %(95% CI) |
P値 | |
---|---|---|---|---|
手術時間中央値(分) | 210(163〜253) | 190(160〜240) | 0.007 | |
出血量(ml) | 100 (50-200) | 150(55〜300) | 0.002 | |
術創長(cm) | 6.0(4.5〜9.0) | 13.0(11.0〜17.0) | <0.001 | |
術式(数(%))
低位前方切除低位前方切除と肛門管吻合 腹会陰式切断 |
143(60) 69(29) 25(11) |
153(65) 58(25) 23(10) |
-5.0(-13.7〜3.7) 4.3(-3.7〜12.3) 0.7(-4.7〜6.2) |
0.72 |
ストーマ(数(%))
なし結腸ストーマ 回腸ストーマ |
46(19) 30(13) 162(68) |
67(29) 27(12) 141(60) |
-9.2(-16.8〜-1.5) 1.1(-4.7〜7.0) 8.1(-0.5〜16.7) |
0.06 |
括約筋温存 | 211(89) | 210(89) | -0.7(-6.3〜4.9) | 0.81 |
肛門側マージン(mm) | 26 (20〜45) | 35(20〜50) | 0.02 | |
術後リカバリー期間(日)
入院期間非経口麻薬の必要期間 初回排ガスまでの期間 初回排便までの期間 初回固体食事までの期間 |
8(6〜12) 2(1〜3) 1(1〜2) 2(1〜3) 3(2〜4) |
8(6〜12) 2(1〜3) 2(1〜2) 2(1〜4) 3(2〜5) |
0.21 0.31 0.04 0.14 0.05 |
|
Grade3と4の術後合併症(数(%))
縫合不全出血または血腫 穿孔 発熱 イレウス 血栓塞栓症 心筋虚血または梗塞 尿閉 感染症 |
7(3) 10(5) 0 7(3) 11(5) 0 1(<1) 1(<1) 7(3) |
8(3) 4(2) 0 11(4) 24(10) 1(<1) 3(1) 2(1) 9(4) |
-0.03(-3.2〜3.1) 2.9(-0.2〜6.0) -1.2(-4.6〜2.2) -4.6(-9.2〜0.02) -0.4(-1.2〜0.4) -0.7(-2.4〜0.8) -0.3(-1.8〜1.1) -0.4(-3.7〜2.8) |
0.98 0.06 0.51 0.08 0.73 0.48 0.80 0.80 |
- 腹腔鏡手術と比較し、開腹手術は有意に手術時間が短いが、出血量が有意に多く、術創長も有意に長かった。また、開腹手術は肛門側マージンが有意に長かった。一方、腹腔鏡手術は初回排ガスまでの期間が有意に短かった。他に両群間に大きな違いが見られなかった。
5. 実際受けた術式による解析
- 開腹直腸切除を予定していた症例は237例であったが、そのうち5例は腹腔鏡下直腸切除を受けた。実際受けた術式による解析では、切除成功率の差は-4%[95%CI、-9.4%〜∞]; 非劣性P値 = 0.11(腹腔鏡下手術83% vs 開腹手術87%)であった。
結語
T1-T3直腸癌の患者を対象に、開腹手術における適切な外科切除率と比較し、腹腔鏡手術の非劣性は確立されなかった。再発と生存の長期追跡は現在行われている。
執筆:九州大学大学院 消化器・総合外科診療 胡 慶江 先生
監修:九州大学大学院 消化器・総合外科診療 准教授 沖 英次 先生
監修:九州大学大学院 消化器・総合外科診療 准教授 沖 英次 先生