NTRK融合遺伝子陽性固形癌 (Entrectinib)

Entrectinib in patients with advanced or metastatic NTRK fusion-positive solid tumours: integrated analysis of three phase 1–2 trials

Doebele RC, Drilon A, Paz-Ares L, et al. Lancet Oncol. 2020 Feb;21(2):271-282. [PubMed]

対象疾患 治療ライン 研究の相 主要評価項目 実施地域 日本の参加
NTRK 融合遺伝子陽性固形癌 不問 第1, 2相 奏効割合
奏効期間
国際 あり

試験名 :ALKA-372-001(第1相)、STARTRK-1(第1相)、STARTRK-2(第2相)

レジメン:エヌトレクチニブ

登録期間:ALK-372-001試験:2012年10月26日~2018年3月27日, 1ヶ国2施設
     STARTRK-1試験:2014年8月7日~2018年5月10日, 3ヶ国10施設
     STARTRK-2試験:2015年11月19日~登録中(2018年5月31日時点), 150施設以上15ヶ国

背景

NTRK遺伝子ファミリー(NTRK1, NTRK2, NTRK3 )を含む融合遺伝子は、活性化キナーゼ機能を有するトロポミオシン受容体キナーゼ(TRK)A, TRKB, TRKCにおいてキメラ再構成の発現をもたらす。NTRK融合遺伝子はドライバー変異の1種であり、肉腫、非小細胞肺癌、乳腺相似分泌癌など様々な腫瘍において治療標的となる遺伝子である。これらの融合遺伝子は大腸癌で同定され、発現率はがん種により大きく異なるが、全固形腫瘍の約0.3%で発現する。
NTRK融合遺伝子を有する癌を対象として開発されている新規化合物にはTRKファミリーに対する選択的阻害薬が含まれる。2018年11月、米国FDAは既知の後天的な耐性変異を伴わないNTRK融合遺伝子を有する固形腫瘍に対してLarotrectinibを迅速承認したが、中枢神経系(Central nervous system, CNS)に病変のある患者での有効性は限定的であった。
エヌトレクチニブはTRKA、TRKB、TRKC、ROS1、ALKを阻害する薬剤であり、血液脳関門を通過するように設計されている。
進行性または転移性の成人がん患者を対象に、エヌトレクチニブの安全性と有効性を評価するために3つの臨床試験(2つの第1相試験1)2):ALKA-372-001試験、STARTRK-1試験、1つの第2相試験:STARTRK-2試験)が実施され、エヌトレクチニブの安全性と臨床的有効性を示した。
このプール解析では上記3試験の結果を統合解析し、転移性、局所進行、切除不能なNTRK融合遺伝子陽性固形癌を対象としたエヌトレクチニブの有用性を検討し、成人及び小児の集団で利用可能な全てのデータを用いて安全性を検討した。

シェーマ

  • 下記3試験よりROS1, ALK 遺伝子再構成の症例を除外

シェーマ

主な適格基準

  1. 転移性また局所進行NTRK (NTRK1, NTRK2, NTRK3) 融合遺伝子陽性の固形癌
  2. 測定可能病変あり (RECIST ver1.1)
  3. TRK標的療法の治療歴なし
  4. 1日1回600mg(第2相試験の推奨用量)以上の投与量で1回以上治療を受けた
  5. 18歳以上、ECOG PS 0-2
  6. 無症状及び症状コントロールのされている脳転移を有する症例も登録可能

統計学的事項

主要評価項目:客観的奏効割合(中央判定)・奏効期間

腫瘍縮小効果はRECIST version 1.1にて評価が行われた。また元々CNS病変がある症例に関しては、Response Assessment in Neuro-Oncology Brain metastasesにて 頭蓋内病変の奏効割合、奏効期間、無増悪生存期間も評価された。
統計学的設定は、期待奏効割合を60%、閾値奏効割合を30%と仮定し、少なくとも両側95%信頼区間が14%となるように設定され、必要症例数は56例であった。

試験結果:

  • 3試験とも本解析のデータカットオフである2018年5月31日時点で試験進行中であり、本対象の観察期間中央値は12.9ヶ月(四分位範囲:8.77-18.76)であった。
  • 第1相試験(ALKA-372-001試験・STARTRK-1試験)に参加した3例は600mg/日以上のエヌトレクチニブの投与を受けていた。
  • 多くの症例でNTRK1NTRK3 融合遺伝子が検出されており、ETV6-NTRK3 が最多(25例, 46%)であり、TPM3-NTRK1 (4例, 7%)、TPR-NTRK1 (4例, 7%)も検出された。
  • 54例の癌種の内訳は、肉腫 13例(24%)、非小細胞肺癌 10例(19%)、耳下腺乳腺相似分泌癌(MASC) 7例(13%)、乳癌 6例(11%)、甲状腺癌 5例(9%)、大腸癌 4例(7%)、神経内分泌腫瘍 3例(6%9、膵癌 3例(6%)、卵巣癌 1例(2%)、子宮内膜癌 1例(2%)、胆道癌 1例(2%)であった。
1. 客観的奏効割合(主要評価項目, 中央判定, 最良効果)
N (%) 全症例 (n=54) CNS病変あり (n=12) CNS病変なし (n=42)
奏効割合
[95%信頼区間]
31 (57)
[43.2-70.8]
6 (50) 25 (60)
 CR 4 (7) 0 4 (10)
 PR 27 (50) 6 (50) 21 (50)
 SD 9 (17) 4 (33) 5 (12)
 PD 4 (7) 0 4 (10)
 Non CR/non PD 3 (6) 0 3 (7)
 欠測 or 未評価 7 (13) 2 (17) 5 (12)
  • NTRK 融合遺伝子ごとでの奏効割合はNTRK1 (13例, 59%;95%信頼区間 36.4-79.3)とNTRK3 (18例, 58%;95%信頼区間 39.1-75.5)は同程度だった。NTRK2融合遺伝子陽性例は1例だけ存在したが、本症例はエヌトレクチニブに反応せず、治療開始時と比較し、標的病変の総径和が-2%変化しただけであった。
2. 癌種ごとの奏効割合
N (%) 奏効例数/症例数 奏効割合 (%) 95%信頼区間
耳下腺乳腺相似分泌癌 6 / 7 86 42-100
乳癌 5 / 6 83 36-100
非小細胞肺癌 7 / 10 70 35-93
膵癌 2 / 3 67 9-99
肉腫 6 / 13 46 19-75
大腸癌 1 / 4 25 1-81
甲状腺癌 1 / 5 20 1-72
3. 奏効期間 (主要評価項目, 中央判定) と無増悪生存期間
  全症例 (n=54) CNS病変あり (n=12) CNS病変なし (n=42)
奏効期間, 中央値
[95%信頼区間]
10.4ヶ月
[7.1-NE]
NE 12.9ヶ月
[7.1-NE]
無増悪生存期間, 中央値
[95%信頼区間]
11.2ヶ月
[8.0-14.9]
7.7ヶ月
[4.7-NE]
12.0ヶ月
[8.7-15.7]

NE:not estimable

4. 全生存期間
  イベント数 中央値 95%信頼区間
全症例 (n=54) 16 (30%) 21ヶ月 14.9-NE

NE:not estimable

5. CNS病変増悪までの期間
  イベント数 中央値 95%信頼区間
全症例 (n=54) 17 17ヶ月 14.3-NE

NE:not estimable

6. 頭蓋内病変の奏効割合 (中央判定)
  奏効例 奏効割合 95%信頼区間
脳転移あり (n=11) 6 55% 23.4-83.3
  • 脳転移を有する11名中、7例(64%)に放射線治療歴を有していた。
7. 頭蓋内病変の奏効期間 (中央判定)
  奏効期間 95%信頼区間
奏効例 (n=6) NE 5.0-NE

NE:not estimable

8. 頭蓋内病変の無増悪生存期間 (中央判定)
  イベント 中央値 95%信頼区間
脳転移あり (n=11) 5 14ヶ月 5.1-NE

NE:not estimable

9. 治療関連有害事象 (10%以上の事象を抜粋)
  NTRK 融合遺伝子陽性集団 (N=68) 全体集団 (N=355)
  Grade 1-2 Grade 3 Grade 4 Grade 1-2 Grade 3 Grade 4
味覚異常 32 (47%) 0 0 146 (41%) 1 (<1%) 0
便秘 19 (28%) 0 0 83 (23%) 1 (<1%) 0
疲労 19 (28%) 5 (7%) 0 89 (25%) 10 (3%) 0
下痢 18 (27%) 1 (2%) 0 76 (21%) 5 (1%) 0
末梢性浮腫 16 (24%) 1 (2%) 0 49 (14%) 1 (<1%) 0
めまい 16 (24%) 1 (2%) 0 88 (25%) 2 (1%) 0
血清クレアチニン増加 12 (18%) 1 (2%) 0 52 (15%) 2 (1%) 0
感覚障害 11 (16%) 0 0 67 (19%) 0 0
悪心 10 (15%) 0 0 74 (21%) 0 0
嘔吐 9 (13%) 0 0 48 (14%) 0 0
関節痛 8 (12%) 0 0 42 (12%) 2 (1%) 0
筋肉痛 8 (12%) 0 0 52 (15%) 2 (1%) 0
体重増加 8 (12%) 7 (10%) 0 51 (14%) 18 (5%) 0
AST増加 7 (10%) 0 1 (2%) 35 (10%) 3 (1%) 1 (<1%)
ALT増加 6 (9%) 0 1 (2%) 30 (9%) 3 (1%) 1 (<1%)
筋力低下 6 (9%) 1 (2%) 0 22 (6%) 3 (1%) 0
貧血 5 (7%) 8 (12%) 0 27 (10%) 16 (5%) 0
  • 安全性解析はNTRK 融合遺伝子陽性集団(n=68)と全体集団(n=355)の2つの集団で解析された。全体集団には第1相試験であるSTARTRK-NG試験(小児第1相試験)に登録された症例の中で、少なくとも1回のエヌトレクチニブ投与を受けた症例も含まれた。
  • データカットオフ時点での投与期間中央値はNTRK 融合遺伝子陽性集団で7.85ヶ月(四分位範囲 3.68-12.71)、全体集団で5.8ヶ月(四分位範囲 1.50-11.60)、エヌトレクチニブの投与サイクル中央値はNTRK 融合遺伝子陽性集団で9.5サイクル(四分位範囲 5-16)、全体集団で8サイクル(四分位範囲 2-15)であった。
  • 重篤な治療関連有害事象は、NTRK 融合遺伝子陽性集団では7例(10%)、全体集団では30例(9%)の報告があった。両集団とも最も高頻度だったのは神経系障害(3例[4%] vs 10例[3%])であった。
  • NTRK 融合遺伝子陽性集団の3例(4%)、全体集団の14例(4%)が治療関連有害事象によりエヌトレクチニブの投与中止に至り、21例(31%)/90例(35%)が休薬、27例(40%)/97例(27%)が減量に至った。減量理由として一般的な有害事象は貧血、血清クレアチニン増加、疲労であった。
  • データカットオフ時点で、NTRK 融合遺伝子陽性集団で6例(9%)、全体集団では20例(6%)の死亡が確認されたが、いずれも治療との関連性はなしと判断された。
結語
エヌトレクチニブはNTRK 融合遺伝子陽性固形腫瘍に対して、持続的で臨床的に意義のある有効性を示し、有害事象も管理可能で非常に忍容性が高かった。これらの結果より、NTRK 融合遺伝子陽性固形癌患者が利用できる治療オプションを広げるために、NTRK 融合遺伝子の検査をルーチンで行うことが重要である。
関連論文
1) Drilon A, Siena S, Ou SI, et al. Safety and antitumor activity of the multitargeted pan-TRK, ROS1, and ALK inhibitor entrectinib: combined results from two phase I trials (ALKA-372–001 and STARTRK-1). Cancer Discov 2017; 7: 400–09. [Pubmed]
2) Farago AF, Le LP, Zheng Z, et al. Durable clinical response to entrectinib in NTRK1-rearranged non-small cell lung cancer. J Thorac Oncol 2015; 10: 1670–74. [Pubmed]
執筆:神戸市立医療センター中央市民病院 腫瘍内科 医長 松本 俊彦 先生
   神戸市立医療センター中央市民病院 腫瘍内科 レジデント 生駒 龍興 先生
監修:関西医科大学附属病院 がんセンター 学長特命准教授 佐竹 悠良 先生

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